ズリ山プロジェクト3回目、終了

はやくも1週間が経ってしまいましたが、先週6月29日(土)、無事にズリ山階段プロジェクトが終了しました。
当日の模様は炭鉱の記憶ブログにアップしました。

そらち★ヤマの記憶だより 【前編】みんなでズリ山に階段をつくりました!
午前編

 

そらち★ヤマの記憶だより 【後編】みんなでズリ山に階段をつくりました!
午後編

また、DOSAさんのブログにも詳しく書いていただいています。
ありがとうございます^^

炭都めし上がれ2nd 清水沢ズリ山階段作り【午前編】
カレーが健在

 

炭都めし上がれ2nd 清水沢ズリ山階段作り【午後編】
写真がキレイ


思いがカタチになるまで

ここでは、担当しての思いを書きたいと思います。

最初にズリ山に登ったとき、本当にこの街はすごいと感じて、この光景をもっとみんなに見てもらいたいと思いました。
でもまさか、それを「活用する」という動きになるとは。
最初に階段を作りたいと言い出したのは理事長吉岡のはずですが、それに清水沢アートでアーティストが乗っかったことで、そんな許可出るわけないよと思いつつも市役所と交渉したら意外とすんなりOKをいただけたし、地元に説明すると「実は市に要望をだしてたんだよ〜」と言われるし…

運がいいんでしょうね(笑)

…というのは冗談にせよ、「誰かがいいだす、やりだすのを待ってた」のかもしれません。
私だって、もっとズリ山が親しめる存在になればいいと思っていたけど、本当にそんなことできるとは思ってもいなかったし。

最初の年には「ただ地域と一緒に作りたい」というだけで、どの作業を一緒にやるのか、どの作業をお願いするのか、全く整理できていないのが反省点でした。

2年目からは、もっと地域と親しむために、カレー作りを始めました。
町内会には草刈りをメインにお願いすると決めました。
現場は、公園の専門家である事務局長酒井に任せました。
でも、ズリ山と調理場を行ったり来たりで、ドタバタ。本当に情けない限りでした。

3年目、去年と全く同じ方法でやる!と決めたので準備をぐうたらしてしまったのは痛恨の極みですが(苦笑)
ここ1・2年で地域によく来てくれるようになった学生さんたちにサポートしてもらい、自分はわりかしどっかりと構えることを心がけました。
作業分掌は細かく分かれたものの、ズリ山を整備するという目的をシンプルに実現するために、オマケ行事などは省きました。
私の反省点は多数ありますが、たくさんの方々の参加で、ズリ山はお客さんを迎えることができるほど立派に整備されたと思います。

特にアートの時、渡辺俊介「回廊」に座って、昼ごはんを食べたのがとても気持ちよかった印象が強かったので、このズリ山を、地域を眺めながらのんびりピクニックができるような空間にしたいという思いがありました。
今回の整備で、途中までしか登ることができない方にでも休んでもらえるよう、頂上、中腹、「一段目」の三ヶ所ベンチを置いたことで、見事にその空間が実現。
まだまだ案内の看板を作ったりしなくてはなりませんが、夢が叶ったなあと思っています。


これからどうやって活かしていくのか

さて、来年以降。
主催のNPOは「一応の区切り」と言っていますが、清水沢プロジェクトとしては、みなさんと一緒に作った階段と、階段作りを通してのつながりをどう守り、活かしていくかを考えて行かなければならないと思っています。
一番の大きな課題は、夕張市民のみなさんにどう問いかけるか、です。
そのときにきっと、階段とともにつくってきたつながりの力で、地域の外の人との本当の「ともに歩む地域づくり」が始まるのかもしれません。
そのやり方を模索しつつ、進んでいきたいと思っています。

佐藤

 

 

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