「石炭の道」が持つ可能性−清水沢まちあるき

毎月第4土曜日の14時からやっている「清水沢まちあるき」。

5月にスタートして、早7回目となりました。
参加者がゼロで中止した月もありましたが、テーマを設定した9月からは、毎回実施することができています。
(ちなみに、9月…鉄道、10月…炭住、11月…炭鉱です)
もう外を歩くには十分寒い季節ですが、草木が落ち、雪に埋まる前の今が一番、炭鉱遺産を発見しやすい時期でもあります。

2015-11-26 13.33.47

 

 

清水沢炭鉱の生産システムを体感する

今月のまちあるきも、大変意義深いものになりました。
清水沢炭鉱事務所・立坑跡・斜坑跡を見て、その後は石炭を運んでいた輸車路の跡を歩き、選炭場へ。実際に選炭機があった場所も、GPSを使って正確に確認しました。
そこは、まっすぐに清水沢炭鉱の3つのズリ山が見える場所。
そして出炭するための専用線の跡をたどると、現在の憩団地と光団地の間を縫って、大きく弧を描くように現在のJR線に合流します。

参加者のお一人が「炭鉱は巨大なシステムだなあ」とおっしゃっていました。
清水沢炭鉱は、地表面上にある生産システムのほぼすべてが空間として残っているので、その場所を歩くことで、炭鉱のしくみを体感することが可能なのです。

清水沢プロジェクトでは、このルートを「石炭の道」と呼び、実際に整備していきたいと考えています。

今日の皆さんの反応をみると、このルートが教材や観光資源として利用できる十分な可能性を持っていると確信できました。

 

石炭博物館と、野外博物館としての清水沢エリア

夕張には石炭博物館というすばらしい施設があります。
清水沢エリアには、そこで学んだことを現地で確認できる空間があります。
その両方を体験することで、ようやく炭鉱というものがおぼろげに理解できてくるのではないかと思います。

それに、清水沢エリアの可能性は、「石炭の道」だけではありません。
なにせ「炭鉱」は、明治時代の「鉄道」、大正時代の「電気」の後に生まれたのですから。
これらの機能が絡まり合い、そして歯抜けのように失われていき、今の清水沢エリアの表情を作っています。
絡まった糸をほぐすと、この3つのストーリーがそれぞれ浮かび上がってきます。しかもそのどれもが、一級のストーリーです。

私たちは、ここに住む人々にこそ、これほどまでに雄弁なストーリーを誇りに思ってほしいと思っています。
そして自信を持って、訪れる人々に自慢をして欲しいと思っています。
その実現に向けて活動し、結果として地域とともに歩む人々を増やしていくこと。
それがわたしたちの清水沢での「まちづくり」です。

 

「石炭の道」はこちらで紹介しています。
http://www.shimizusawa.com/tankou

※トップの写真は「治作」小林氏からご提供いただいた1977年の航空写真です。

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