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石炭の道・北炭清水沢炭鉱

石炭の道・北炭清水沢炭鉱 夕張清水沢アートプロジェクト
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石炭の道~北炭清水沢炭鉱

北炭清水沢炭鉱は、閉山から30年ほどが経過した現在でも、鉱事務所・坑口密閉跡・ズリ山が現存しているほか、遺構はないものの輸車路跡・選炭場跡が空き地のまま利用されておらず、石炭が産出されたルートをそのままたどることができる。
戦後に開鉱した炭鉱であること、規模が小さかったため炭鉱施設がコンパクトに集約されていることから、炭鉱のシステム大変わかりやすく理解することができる、「野外博物館」として活用できそうだ。

9月17日(土)・10月15日(土)元炭鉱マンといく石炭の道ガイドツアーを開催しました。

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1947(昭和22)年開鉱。1944(昭和19)年に開鉱した遠幌鉱と1952(昭和27)年に合併した。近代的な設備を整え、北炭のホープと位置づけられた。生産量は平均して年産40万トンほど、従業員数は1000人弱の中堅炭鉱。1980(昭和55)年に終掘のため閉山。多くの従業員が夕張新鉱に異動した。
現在は民間企業が使用している。鉄骨を使った堅牢な佇まいが特徴的。

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安全灯室

事務室に隣接して現存している安全灯室は、坑内で使用するキャップランプを充電、保管する施設。現存しないがその両隣に坑口浴場と繰り込み所があった。
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北炭清水沢鉱坑口

坑名は清水沢坑。平安八尺層・十尺層で稼行した。運搬卸斜坑、ベルト卸斜坑、立坑の跡が現存。7800カロリーの原料炭を生産し、一部は火力発電所にも送られ、発電用に使われた。
安全灯室でキャップランプを受け取った鉱員は、道路を横断し、大夕張鉄道の踏切を渡り、輸車路の丘橋を越え、この場所にあった捜検所を通り、立坑から入出坑した。石炭はベルトコンベアで坑内から搬出し、原炭ポケットから炭車に詰め替えた。
現在は立坑・斜坑2本の密閉跡が現存。

 

輸車路

坑内から搬出された石炭を輸送していた屋根付きの専用線。炭車に積み込まれた石炭を、電気機関車が選炭場へと牽引した。
ドンベーズ球場横の歩道がそのまま輸車路で、道路をまたいだ先が選炭場。

 

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選炭場

精炭能力1300トン/日で、昭和29年の完成当初は「東洋一」とも呼ばれた。ブラッドフォードブレーカーで破砕し、バウム水選機により選炭し、製品として出荷する精炭と不要な岩石(ズリ)に分けた。精炭は専用線(現在市営住宅がある部分が専用線の跡)で清水沢駅へ輸送され、ズリはズリ山に積み上げられた。

ズリ山

清水沢炭鉱のズリ山は3つあり、このズリ山が最も大きく、高低差は60mほど。選炭能力が高かったため、ほとんど石炭は見られない。もともと農地だった平地に積み上げられたため、単一峰の様相を呈しており、頂上からは清水沢ダム、90度蛇行する夕張川、清陵町、そして宮前町と清栄町が一望できる。

写真提供:夕張市

ガイドブックに「石炭の道」ルートマップと解説を掲載しています。