清水沢プロジェクトについて

まだこのまちのことを何も知らない頃、まちのどこからでも見える「ズリ山」に登ってみた。眼下には、整然としたまちが広がっていた。よそ者の私には、まったく知らない新しい世界に思えた。

 徐々にこのまちの人と出会い、その歴史を知る。赤と青の屋根の対比が鮮やかな炭鉱住宅街。炭鉱時代の職級によって区別された街区。地域の真ん中には浴場。炭鉱の頃からみんなと一緒だからと離れずに暮らす人々。鉄道輸送と電力供給の拠点であった記憶を語る遺産。これらがすべて、その歴史に裏打ちされた営みが脈々と継続された結果だと気づいた時から、私はこのまちの存在を奇跡と思い、心から尊敬しはじめた。

 このまちも、今を生きる人たちが新しい歴史を刻んでいる。慎ましくも明るく前を向いて生きている。私は、このまちを、このまちに生きる彼らを尊敬するひとりとして、彼らに寄り添い、ともに歩んでいきたい。そして、このまちに今、心を寄せる人たちとともに、未来を見たい。

「振り返れば、未来」佐藤真奈美/[New Cities Paper ] 永岡大輔(2013) に寄せて

「清水沢プロジェクト」は、2008年に代表の佐藤が札幌国際大学大学院観光学研究科の修士論文を執筆するために、夕張市清水沢地区を研究対象地域としたところから始まりました。論文では「炭鉱遺産を活用したエコミュージアムによるまちづくりが妥当である」と結論し、「清水沢エコミュージ アム構想」を提言しました。これまで行われてきたマス・ツーリズムに依拠した観光を見直し、住民たちが主体となり、地域に埋もれているものを掘り起こし、地域内外の人々が「ともに歩む地域をつくる」というものです。

以降、NPO炭鉱の記憶推進事業団の事業として、清水沢で数々の プロジェクトを実行してきました。2011年の「夕張清水沢アートプロジェクト」を機に、 旧北炭清水沢火力発電所、清水沢ズリ山、JR清水沢駅待合室など、現在につながる炭鉱遺産の活用の道筋が立つこととなり、学生さん方が市営住宅の一角で滞在制作を行ったことで、「よそ者が隣人として寄り添うまち」が徐々に実現することになりました。

2016年5月13日、これまでの活動をもとに「一般社団法人清水沢プロジェクト」を設立しました。夕張市は同年策定した市の地方版総合戦略の中に、「産業遺産ツーリズムの拠点としての清水沢プロジェクト」という施策を含めたことを受け、当法人は7月1日に市と「清水沢エコミュージアムプロジェクトに係る連携協定」を締結しました。活動拠点として清水沢宮前町の旧炭鉱住宅「宮コ23」棟の無償貸与を受け、「清水沢コミュニティゲート」と名付けて運営を始めました。地域にやってきた人々と地域の人々 が出会う入口(ゲート)となるだけではなく、地域住民の静かな生活を守る門番としての機能を持つ、エコミュージアムの拠点と位置づけています。

清水沢コミュニティゲート開設から3年が経過し、市民が自発的に行動しはじめるなどの動きが生まれつつあり、当法人が求められる社会的な役割はますます重大になっています。活動を通じ市民が活躍し、多くの心を寄せる人々ともに夕張の宝である炭鉱の記憶が地域の誇りとな るよう、これからも活動を継続していきたいと思います。

2019年11月
一般社団法人清水沢プロジェクト
代表理事  佐藤真奈美

 

清水沢プロジェクトの原点

北海道夕張市における地域再生に寄与する観光のあり方に関する研究−炭鉱遺産を活用したエコミュージアムの構想―
佐藤真奈美(2009)札幌国際大学大学院観光学研究科修士課程修士論文(PDF:7.4MB)
※内容は執筆当時のものであり、お恥ずかしいことに事実と異なる記載も一部見られますが、そのまま掲載しています。

みんなでつくる夕張の記憶ミュージアム

清水沢プロジェクトが幹事を務める、「夕張の記憶」をまちづくりに活かすための公開アーカイブを中心とした取り組みです。

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