山岸耕輔活動日誌|2〜3日目
滞在2日目
真奈美さんから連絡があり、午前中から炭鉱の跡地を車で巡ることになりました。
受け取ったiPadには現在地を示すマップと炭鉱時代の地図が重なり合わさったイメージが表示されており、車を発進させると地図も同期して動きます。
古い地図に表示されている北海道炭礦汽船株式会社(北炭)の施設が今は見る影もなく、窓を覗いても雪で覆われた風景か、後に建てられた集合住宅が見えるばかりでした。
廃線を辿るように北上し、ついに夕張市石炭博物館の前まで到着。しかし、冬季休館中であったために中に入ることはかないませんでした。
2019年4月に発生した火災により休止していた「旧北炭夕張炭鉱模擬坑道」も今年の4月から再開ということで、また暖かくなってから再訪したいと思いました。
真奈美さんの案内で石炭大露頭は何とか見ることができました。
石炭大露頭はライマン探検隊の助手でもあった北海道庁技師の坂市太郎がシホロカベツ川の上流にて発見したもので、ここから夕張炭鉱の発展が始まったという歴史を、その存在からも感じられました。
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博物館からの帰り道に喫茶店の「和(なごみ)」に寄りました。
マウントレースイスキー場の側に構えるこのお店は、場所を転々としながら現在も営業を続けているとのこと。
案内された席の窓の縁に「和」の字が彫り込まれた石炭細工が置いてありました。
(記憶が正しければ)お客さんが持ってきたものだそうで、お店の名前とは直接関係ないが、石炭細工に漢字を一字彫り込むのが流行していたことから偶然だったそうです。
夕張では石炭細工が飾られることは珍しいことではないそうで、山口さんは各店や家にある石炭細工の調査をされています。

一度コミュニティゲートに戻った後、宮前町内会集会所(宮前集会所)に行き、町内会の菊地さんにご挨拶してきました。
そして、宮前浴場の掃除のお手伝いをさせてもらえないかという相談をしました。
というのも、レジデンスが始まる前から考えていたプランで、宮前浴場をテーマに一つ作品を制作したいと思い、そのためには日常的に行われている活動(掃除)を倣うことから始めたいと考えました。
宮前浴場は清水沢地区にある唯一の共同浴場で、1971年に北炭が設置しました。
それから地域の人々に愛され、単なる衛生施設としてだけでなく、住民の交流の場として機能してきました。
コミュニティ維持に貢献していることから「生きている炭鉱遺産」と言われています。
しかし、夕張市は施設の老朽化や燃料費の高騰、利用者の減少を理由に2025年の8月末をもって閉鎖する方針が示されました。
このことは、レジデンスが始まる直前に大きく動きがあり、清水沢プロジェクトや宮前町内会、宮前町浴場利用組合は閉鎖方針撤回を求める署名を集めていました。
その後、実際に宮前浴場にも行きました。
そこで、浴場のボイラーを担当している佐藤咲子さん(以下、咲子さん)にお会いしました。
さっそく浴場の掃除をすることになり、ゴム手袋を渡していただきました。
日曜日の掃除は月曜日の営業に向けて浴槽内のお湯も抜いて清掃します。
浴槽はステンレスでできていて、他の銭湯ではあまり見かけません。
市営浴場になった1980年代中ごろにステンレスの浴槽になったそうです。
一般家庭でも錆びにくいなどの特徴で広く普及していたことから、ここでも採用されたものだと思います。
同様にシャワーやカランについても現在とさほど違いはありません。
咲子さんから掃除の手順を色々と教わりました。
掃除にはマジックリンとカビキラーを浴槽、椅子、桶、壁、鏡などに吹きかけ、スポンジで汚れを落とします。
床はデッキブラシで磨いて最後にホースで水をかけて泡を綺麗に落としたら完了です。
咲子さんは風呂掃除の手伝いがレジデンスの制作にどういった関係があるのか不思議そうにしていました。
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清水沢コミュニティゲートには1号室から4号室まであり、1号室がミュージアムルーム。2号レジデンスなどの多目的ルーム。3号室が展示ルーム(ほぼ2号室と同じ機能)。4号室がオフィスとなっています。
今日は1号室のミュージアムルームの開館日で、私も中を拝見させていただきました。
1階がコワーキングスペースとなっており、天井にはプロジェクターが設置してあります。
2階が「夕張の記憶ミュージアムルーム」となっており、壁には夕張の昔の写真や、夕張に関係する資料などが所蔵されています。
展示物について高校生スタッフのミキさんに説明をしていただきました。
真奈美さんがやってきて、混ざって談笑しているうちに地域と作家の関わり方についての話になりました。
以前、オンラインでの面談中に真奈美さんから「地域と作家の間で何かあったとき、私は地域の側につきます。」と言われました。
始めは少し驚いてしまいましたが、話を聞くうちに過去に何度かトラブルがあったことがわかりました。
作家の理想とする表現や状況を求めるうちに、住民に対して攻撃的な態度をとったり、不適切な要求を迫ることがあったようです。
運営をしていく中で外部から作家を呼ぶときに、どういったところで線引きをするかといった苦労を感じました。
では、作家としてどう振る舞うべきか。
これは単に地域に気を遣うということでもない。
おそらく、コミュニケーションの不足からくることが多いと思い、これから思いついたプランはどんなささやかなことでも事前に伝えることや、対話を重ねていくことが大事だと、改めて感じました。
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レジデンスルームの寝室にはカーテンがついてなかったので、最寄りのホームセンターでカーテンとレールを探すことになりました。
清水沢にはニコットというDCM系列のホームセンターがあるのですが、あいにく部屋に合う商品がなかったので栗山町にあるコメリに行きました。
カーテンを無事買い終えたので、ついでに由仁町の「ユンニの湯」という温泉に行きました。
清水沢は日曜日にどこも銭湯が営業していないので、こうして車で40分ほど離れたところまで向かわないといけません。
施設は新しく、清水沢ではあまり見かけない若いお客が大勢入りに来ていました。
お風呂で温まった後、コミュニティゲートに戻ってカーテンの取り付けをおこないました。
夕張に着いてから初めての制作です。
この日の外気温は-8度でしたが、室内はほんの少しだけマシになった気がします。

滞在3日目
今朝は一人でシューパロ湖を見にいくことにしました。
シューパロ湖は2015年に夕張シューパロダムの建設によって作られた人造湖で、ダムの造成以前は大夕張の町がありました。
冬季は全面雪で覆われています。
湖には、かつて原生林だった木々が水没林として残っており、不思議な光景となっています。
シューパロ湖付近の橋の名前は、水没した町の地名から取ったものだと聞き、少し複雑な気持ちになりました。
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11時に真奈美さんと合流して昨日行けなかった三菱の南大夕張炭鉱の跡地の見学に行きました。
夕張には三菱と北炭のそれぞれ違う会社が入っていて、地区を棲み分けるように活動していました。
会社の方針や性格も相当違ったようで、それぞれの会社の親を持つ夫婦は、ケンカになったときに相手の会社の特徴を突いて口撃するそうです。
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夕張市役所に行き、これからレジデンスでお世話になるということでご挨拶をしてきました。
その流れで宮前浴場の施設の利用についてもお話しを聞きました。
今回のレジデンスでは成果発表をするということで、会場の候補地を探していました。
その一つに宮前浴場が休館の日に1日限定で展示をするというのがありました。
結論としては企画書を提出すればOKとのことでした。
その後、別の候補地である「りすた」と清栄生活館の視察をしました。
「りすた」は2020年に開館した複合施設で、ギャラリースペースや多目的ホールを格安で借りることができます。
また、新しい施設ということもあって人が集まりやすいというのが特徴です。
清栄生活館は夕張市の各地に設置されている集会所や生活館のうちの一つで、住民の生活文化の向上と社会福祉の増進を図るために建てられたそうです。
しかし、立地の関係や駐車場が雪で埋まっていることから、あまりお勧めはされませんでした。
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お昼は今年の1月にオープンしたばかりのラーメン食堂北町に行きました。
夕張では外食できるお店が貴重で、滞在中は自炊かセイコーマートにいくことが多かったです。
お勧めされた醤油ラーメンとチャーハンを注文。
醤油ラーメンは店主のおばあちゃんから引き継いだ味とのことで、少し濃い味付けでした。
富山にもブラックラーメンという塩分濃度が高いラーメンがあるのですが、これは肉体労働者の塩分補給のために濃い味付けにされたと言われており、北町の醤油ラーメンも発祥ももしかすると炭鉱マンたちの塩分補給が目的の一つにあったのではと想像を膨らませました。

15時が過ぎて、いよいよ宮前浴場に入浴することに。
浴場は15時半からの営業で、外の入り口が男湯と女湯で分かれています。
営業日ということもあって扉にはのれんが既にかけられていました。
日焼けしたのれんの左側に旧炭鉱住宅のイラストが綺麗に印刷されていました。
歓迎会に来てくださったもっちさんが手がけたもので、浴場の雰囲気とも合う味わい深いものでした。
営業時間が近くなるにつれて新しい住宅地の方からぞろぞろとお母さん達が集まってきました。
新しい住宅地には各部屋に浴室は設置されていますが、習慣なのか営業時間前には決まって浴場に集まり列を作るそうです。
ここでも色々と会話をしていて、浴場が一つの交流の場として機能しているということが再確認できました。
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時間になり、扉を開けると男湯と女湯の間に番台があり、そこには松井志津子さん(以下、志津子さん)がいました。
入浴料は490円。
券売機は硬貨が詰まるなどの故障をしており、今は大きな金庫代わりになっているとのこと。
昨日掃除したのは女湯だったので男湯に入るのは初めてでした。
女湯が中央に大きな浴槽が一つあるのに対して男湯は中くらいの浴槽が2つあります。
湯加減も程よく気持ちよかったです。
真奈美さんの話を聞くに、女湯ではお母さんたちと作家で自然と会話が始まり、仲良くなることがあるとのことでしたが、男湯は常連さんが軽く挨拶をするくらいで、みんな寡黙でした。
もしかすると私(他所者)がいなければ違ったかもしれません。
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夜になるとコミュニティゲートのまわりに雪がかなり積もっていたので雪かきをすることに。
パウダー状の雪は秋田に比べても軽く、サクサク作業ができる反面、量が多くて少し大変でした。
(文・写真/山岸耕輔)